ふぃ〜らぁ倶楽部 2018年2月・3月号

ろぉ~江良さんと風間さん!
(たぶん)2018年1月25日から販売する「ふぃ~らあ倶楽部2018/2・3号」に青森県五所川原市出身で現在、埼玉県に在住しUターンを検討中の江良さんと昨年、青森県八戸市にUターンし移住をコーディネートしている風間さんが登場!
今回も、たんげイイ話っこだんだ…
仲間が一緒に映っている写真も、ながながイイよ~
ぜひ、ご購入下さいね!(じん)

↓下記の画像をクリックすると、記事の詳細をご確認いただけます。

戻った地元で移住の経験を活かす 元気な30代と地元を動かしていきたい

風間一恵さん(36)
八戸市出身、八戸市在住、八戸都市圏移住コーディネーター

https://hachinohe-toshiken-iju.com/coordinator/

http://platform-aomori.org

・プロフィール
八戸北高校 → 岩手大学人文学部(盛岡市) → 山形・仙台・八戸を経てニュージーランド → 世界1周に挑戦 → NPO法人で大学生の就活支援(岐阜市) → 八戸にUターンしNPO法人プラットフォームあおもり(青森市)就職+移住コーディネーター[いまココ!]

☆地元離れることに抵抗無し就職氷河期でバイトして貯金☆

 高校3年の時、八戸を出ることには何の抵抗もなく、英語が勉強したくて岩手大学に入学しました。卒業時は就職氷河期。就活に嫌気が差して、温泉地や新幹線車両での販売、ブライダルプロデュースのサポートなどでお金を貯めました。
 まだ見ぬ国や地域を訪れたい思いも強く、ワーキングホリデーでニュージーランドで暮らしたり、世界一周にも挑戦して8カ月かけて中国、中央アジア、東欧、中東、アフリカ、南米なども巡りました。

☆岐阜で大学生のインターンシップを支援☆

 東日本大震災後は日本に落ち着き、2014年から岐阜市のNPO法人で大学生を対象にした長期実践型インターンシップ事業や、岐阜県内の中小企業への就職支援事業の立ち上げに携わりました。岐阜から東京の大手企業に流れる若者が多い状況と、地元の中小企業に地元の学生が就職し、経営者と一緒に働きながら地域を元気にする様子を目の当たりにしました。

☆地元に「帰る」だけで恩返し 移住経験が活かせる仕事に☆

 仕事にやりがいはあったけど深夜残業が多く、30代半ばで「この働き方をずっと続けるのは無理だ」と思いました。一方で、「地元に貢献できる力をつけて、いつか八戸に帰ろう」と思っていたけど、「思っているだけでは、『いつか』は来ない」と気付きました。家族のそばで暮らし、地元企業にいて八戸の経済を回す一員になるだけでも、きっと地元への恩返しになる。そう思えた頃にご縁がつながり、青森市のNPOへの就職、八戸での移住コーディネートの仕事が決まりました。

☆30代が元気がいい印象 都会から人を呼び込みたい!☆

 八戸に帰ったら、子供会の頃からお世話になっていた知り合いが「お〜、帰ってきたか」と迎えてくれて嬉しかった。でも、60代になった人たちが今も子供会を引っ張っている姿を見て、「次の世代に継いでいくこと」の難しさも感じました。
 仕事を通して、高校までとは違う広い景色が見えて、知り合いも一気に100人くらい増え、社会人になった高校同窓生と会うのも新鮮(笑)。特に、30代の人たちが元気がいい印象があります。でも熱意のある若手経営者から「やりたい事業があるけど人材不足で手が回らない」という声も聞きます。そんな現場に、「八戸に帰りたいけど、稼げないから帰れない」という東京に住み、都会と同じスピード、感覚で仕事ができる人たちを呼び込めればいいなと思っています。地場企業にも面白い人はたくさんいます。Uターンを考える人たちに「自分の力を地元で活かせそう」と思ってもらえるような情報発信や活動をしていきたいです。(取材・文:小畑智恵)

◆じんじんの「イイんでねぇが〜」
八戸に帰って地元と他の地域を人でつなぐ活動をしているって素敵です。人を編むような活動は難しいですが、たくさんの人が「帰ってきて良かったぜ!」と思える地域を創っていきましょうね。

帰省を増やし両親との時間を増やす 頑張る青森人も、絶賛応援中!!

江良圭太さん(33)
五所川原市出身、埼玉県戸田市在住、会社員

<連絡先>
https://www.facebook.com/era.keita
https://www.facebook.com/groups/828459250534599/

・プロフィール
五所川原高校 → 専門学校(仙台) → 日本郵政(埼玉) → 青森の応援活動スタート → 母の病気で帰省回数増える[いまココ!] → 近いうちに五所川原にUターン??

☆友達ができて、スリムに 自分で自分を変えられる!☆

車のディーラーで日々忙しく働き詰めの父の姿に反発し、自営業ではなく公務員を目指して高校卒業後、五所川原を離れ、仙台の専門学校に入学しました。最初の転機は、その仙台時代。“知り合いがいない世界”で自分から人に話し掛けられるようになって友達がたくさんできて嬉しかった。実は当時、すごく太っていたのだけど、寮生活で食事量が決まっていたのでぐっと痩せて、今の体型に。「自分で自分を変えられるんだ!」と目からウロコでした。

☆関心事を掘り下げて 見つけたのは「青森」☆

就職したのは日本郵政公社(現・日本郵便株式会社)。勤務地は選べたので、「仙台まで南下したから、デッカイ都会も見てみたい。でも、東京は怖い」と思い(笑)、埼玉県内の局を希望。業務は保険の窓口でしたが人間関係などで悩むこともあり、街コンや朝活などに参加して目先を広げるようにしました。

その頃、自分の関心事を掘り下げた時に浮かんだキーワードが「青森」でした。そこで自分が主宰し、首都圏で「けの汁を作る会」を開催してみたら、集まった人数は多くなかったけど、自信といろんなこと課題が見えてきました。

☆母の病気で父が変わった 自分が家族を支えなければ☆

地元にはいつか帰ろうと思っていたけど、具体的な時期を考えるようになったのは2年ほど前から。母が病気になってだんだん体の自由が利かなくなり、仕事人間だった父が食事の準備や母の世話をするようになった様子を見て、これは早く帰らないと、と。夜行バスで帰省する回数を増やし、料理は得意じゃないけど、父と一緒にカレーを作って3人で食べたり、一緒に過ごす時間がすごく大切。介護ヘルパーさんにも来てもらえるようになり、父の負担も少しは軽くなっただろうけど、自分が家族を少しでも支えなければと思っています。

☆青森産を買って、売って 情報発信して、お手伝い☆

青森の大切さに気付いてからは、頑張っている青森県人を首都圏や、地元で応援しています。上京して地元の産品などを販売している人がいれば、行って買ってfacebookで情報を発信したり、「あおつな」のイベントでは裏方も手伝っています。去年から、東京の中目黒で「スーパー青森」と名付けて数回、五所川原の中谷食品さんの野菜や漬物、おはぎなどを、あおつなの神さんたちと一緒に売って「津軽の味」もPRしています。できれば近いうちにUターンして、親と一緒にいられる時間を増やし、地元の人たちの応援にももっと力を入れていきたいです。(取材・文:小畑智恵)

◆じんじんの一言
「あおつな」のイベントでは、いつも、お世話になっている江良さん。青森を応援することと家族を支えることが両立できている感じがします。早くUターンが実現すればいいね。待ってるはんで〜!!