ふぃ〜らぁ倶楽部 2017年4月5月号

青山さんと藤森さん!!

ふぃ~らあ倶楽部2017「4・5月号」に、

この4月青森にUターンしてくる青山さんと昨年、

青森にUターンした藤森さんの「思い」が掲載されました!

青山さんは「ふるさとを意識した」、

藤森さんは「この人と一緒に働きたい」。

とっても素敵なお話です。

ぜひ、お手に取ってみてくださいね。

(たぶん…)今日から発売です!

(神)

↓下記の画像をクリックすると、記事の詳細をご確認いただけます。

「この人と一緒に働きたい!」思い叶い、刺激的で充実した毎日

藤森亜衣さん(青森市出身、2016年4月にUターン、大鰐町地域交流センター鰐come内にある「大鰐温泉もやし増産推進委員会」所属・おおわにコンシェルジュ)

<連絡先> 
大鰐町地域交流センター鰐come
http://www.wanicome.com

・プロフィール
青森工業高校 → スタジオ運営会社勤務(東京) → 居酒屋などでバイト(東京) → 青森居酒屋店長(東京) → IT会社勤務(東京) → Uターンし就活(青森) → 「鰐come」でコンシェルジュ(大鰐)[いまココ!]

☆「地元・大鰐を元気に」奔走する姿に感激☆

 高校卒業後に上京し、東京ライフを満喫していた私が、「青森に戻るのもいいかも」と思い始めたのは、文京区湯島にある青森居酒屋で働いてからでした。最初の会社は余りにも忙し過ぎて心が追いつかなくなって退社。バイト暮らしの時、友達と飲みに行ったら店主に誘われたので、勤めることに。そこで、催事で度々上京し、お店に食材などを提供していた相馬康穫さんとお話するようになりました。鰐comeの副理事長として、生まれ育った大鰐を元気にしようと走り回る姿勢に感激し、「この人と一緒に仕事できたらいいなぁ」とひそかに思っていました。

☆東京ライフを満喫しつつ“人づきあい貯金”☆

 青森関連の飲食店に行きたくなり、時間が自由になる契約社員になりました。その頃は東京での友達も増えて、「20代は貯金はするもんじゃない」と言う知り合いの言葉を忠実に?守り、毎晩のように飲み歩いて“人づきあい貯金”していました(笑)。社員の契約期間と一緒にアパートの賃貸契約も切れたので、「ちょうどいい、青森に帰ろう。ダメだったら、また東京に戻ればいいし」と。「迷ったらゴー」の性格なんです。
 
☆「最上級のおもてなし」 目指す鰐comeに就職☆

 去年4月に青森に戻り、市内の企業から内定を受けた8月のある日、相馬さんからメールが届きました。「もし仕事していないなら、一緒に働きませんか」と。も〜、ビックリして、嬉しくて、企業には丁重にお断りを伝え、鰐comeへの就職を決めました。「最上級のおもてなし」を目指してコンシェルジュを導入するタイミングで、研修を受けたり、相馬さんの各地での講演に同行し、12月から窓口に出ています。2ヶ月に1回ほど催事で上京し、町の産品を販売しています。忙しいけど、やりがいがあって、毎日充実しています。

☆自分なりの視点で見る青森 頑張っている人たちがいる!☆

 青森から電車で大鰐に通うようになってほぼ半年。11月の「大鰐温泉もやしフェスタ」は、初めてのことだらけで、スタッフみんなで相談しながら開催したのも楽しかった。鰐comeなどで販売する野菜の受け取りで会う大鰐の農家の皆さん、とても優しくて、愛くるしいいんです(分からない津軽弁はあるけど^^;)。高校生の時と違い、いま自分なりの視点で見ることができるようになると、「青森で頑張っている人たち」がわかってきました。やっぱり、「私のふるさと青森」はいいです。Uターンして、良かった!!(取材・文:小畑智恵)

◆じんじんの「イイんでねぇが〜」
「人づきあい貯金」っていい言葉ですね。自由に引き出せて、減ることのない貯金だと思います。また地方に移住するときは、仕事も生き方もリスペクトできる「師匠さん」のような大人が必要ですね。藤森さんにも、そんなカッコイイ大人になってほしい!!

*写真は、2017年1月、JR秋葉原駅に出店し、町の産品を首都圏の人に販売したた鰐comeの催事での藤森さん

地域社会のあり方を考えた時、「ふるさと青森」を強く意識

青山潤さん(青森市出身、茨城県での仕事を経て2017年4月に青森市へUターン)

<連絡先> 
NPO法人 プラットフォーム青森
http://platform-aomori.org

・プロフィール
青森高校 → 筑波大学から大学院へ、修士号取得し中途退学 → 非常勤講師から県立高校保健体育教諭 → 太陽光発電システム販売会社や障がい者支援NPOを母体とした農業支援会社(茨城) → 学童保育・塾の「ネクスファ」(千葉)[いまココ!] → 2017年4月に青森市へUターン、NPOに就職

☆「日本一」目指す仲間 学生時代の宝物☆

 小中学校と陸上、高校でラグビーをやり、スポーツトレーナーに関心があって筑波大学に入りました。アメリカンフットボール部に入り、“日本一をめざす本気の仲間”と一緒に過ごせた時間は宝物です。就職する気がおきなくて(苦笑)、親には事後承諾で休学、大学院に入りましたが、理解してもらえてありがたかった。

☆両親が元気なうちに 青森に帰りたい☆

 青森に戻ると自分の世界が狭まり、学びの機会や出会いが限られる気がして、首都圏での生活は捨てられないと思っていました。高校の体育教員、観光ブルーベリー農園の運営委託をする会社などで働くうち、「住民の力で『つくば市を世界一住みたい街にする』」をコンセプトにした市民活動に参加。東日本大震災があったことで、人とのつながりや地域社会のあり方を強く意識し始めたら、「ふるさと青森に帰りたい」と思うようになりました。県の社会人募集枠をチェックし、創業支援セミナーにも参加しました。いつもサポートしてくれる両親が元気なうちに帰って恩返ししたい、との気持ちもどんどん高まりました。
 
☆子どもたちの居場所 青森でもつくれたら☆

 環境コンサルやCSRコミュニケーションを手掛ける企業が運営する、学童保育と塾を併設した施設「ネクスファ」では、勉強を教える他、小学生と一緒に窓に絵を描いたり、思いっきり水遊びをしたり、大きな段ボールで好きなものを作って、最後に思いっきり壊したり(笑)。子どもの「やりたい!」というアイデアを実現させるために、スタッフは危険を排除しながら見守り、自分で考えて行動、チャレンジする機会を作ります。こんな風に子どもたちが安心して遊び、学べる居場所を、いつか青森でも作れたらいいなぁ。

☆ネットワークや経験通し 青森暮らしをサポート!☆

 去年春、有楽町の青森暮らしサポートセンターの方から「あおつな交流会」の情報を教えてもらい、そこからプラットフォームあおもりの方につながり、東京でのイベントを手伝ううちに、就職が決まりました。人とのつながりがコロコロ回り、4月にUターンします。60代で、生活スタイルが違う両親と20数年ぶりに同居するのは少し心配ですが(笑)、喜んでくれているので自分も嬉しい。地元の友達とも、改めて青森のことを一緒に話したい。
 新しい職場では、UIターン支援などに関わる予定。首都圏で築いたネットワークや、経験を通したアイデアなども提案し、青森で働くこと、そしてUIターンすることを選択した人たちが、よりイキイキ暮らしていけるよう、地元でサポートしていきます!!(取材・文:小畑智恵)

*注:子どもたちとの写真は、茨城で勤務していた学童保育・塾での様子

◆じんじんの「イイんでねぇが〜」
両親が元気なうちに帰って恩返しがしたい。そして、青森では子どもたちの居場所を作りたい……。いい話しっこです。青森に帰ってきてからU・Iターンに関わる仕事をしていくとのこと。いいね、どんどん仲間を増やそうね!!