ふぃ〜らぁ倶楽部 2018年4月5月号

ろぉ~依田くん、藤田くん、村元くん!
(多分)2018年3月25日発売の「ふぃ~らあ倶楽部2018 4・5号」に未来の青森県を担うワゲモノ、依田くん、藤田くん、村元くんの三人が登場!
しかも表紙をめくって1~4ページ!

依田くんは、「自分がなんとかしたい…」
藤田くんは、「将来は、地元に帰りたい…」
村元くんは、「仲間と共にあきらめない…」
なんぼでも心に沁みる…
また依田くんの記事については、「どう生きる?どこで生きる?」(政府広報)にも後日、掲載されるらしい!スゲ~
https://www.gov-online.go.jp/cam/dokoiki/

(できれば買って)読んでけへの~(じん)

↓下記の画像をクリックすると、記事の詳細をご確認いただけます。

起業後、厳しい現状を目の当たり でも仲間とともに、あきらめない

村本祐輝さん(27歳、五所川原市市浦出身・在住、mimic.LLC代表)

・プロフィール

五所川原工業高校 → 青森公立大学経済学部 → 栃木・埼玉で会社務め → 両親の看病のため青森にUターン → 25歳、五所川原市で起業 → 仲間と地域イベント等仕掛ける〔いまココ!〕

☆起業目指した20代前半に次々訪れた重い試練☆

 家の裏に広がる五所川原市の市浦の海が遊び場でした。釣りをし、素潜りをし、時々、船を出したり。これ、もう時効ですよね(笑)。高校生の頃から組織をマネージメントしたくて生徒会長になりました。大学時代、起業という夢を叶えたくて必死だったばかりに、かけがえのない親友を助けることができず、失ってしまった。関東にいた、20代前半、母にガンが見つかった数日後に父の余命宣告を聞かされ、予定していたIT系の事業も頓挫。部屋で一人正座し、いろいろなことを思い出しながら考え抜いた末、Uターンを決めました。父が他界する1ヶ月前に帰って来れたのは幸いでした。

☆なかなか厳しい世間の風  でも、現状を何とかしたい☆

 青森でWeb制作等の会社を登記して動き出してみると、25歳が経営するネームバリューのない会社に世間の風は厳しく、いい話が舞い込んだかと思えばハシゴを外され、つながりができた行政に提案しようと思ったら予算削減で新規の枠がなくなる。「Uターンして起業」って、自分の場合、想像以上に壁が厚いと感じました。そして目の前にあるのは、なかなか上向かない地域経済。上の世代から積み残されてきた、この“負の遺産”を私たちの世代で何とかしないと、人口が減るこれから、下の世代はもっと厳しい状況に置かれる。だから、この現状を本気で何とかしたいと思っています。

☆津鉄、仲間と歩調合わせた  「夜汽車BAR」が大好評☆

 でも、「ここを何とかしたい!」と同じ思いを持つ同世代が近くにいることが救いです。2015年12月に初開催した「夜汽車BAR」がお陰様で好評をいただき、今年2月に20回を数えました。停車している車両でカクテルや映画、ライブなどを楽しむ企画を津軽鉄道さんに持ち込んだら快諾してくださり、告知等も強力にサポートしていただき、わずか2週間後の当日には定員が一杯になりました。津鉄さんのご協力が本当に心強いです。バーテンダー、キャンドルアーティストなど、同じベクトルを持つ仲間と一緒に、もっと大きくしていきたい。

☆「良く変わった」地域を見たい  それまでは、あきらめない‼☆

 今年夏、十三湖の中の島で音楽系フェスを開く予定です。漁船を遊覧船にするって、面白くないですか(笑)。でも、イベントで人を呼ぶだけでは根本的な解決にならない。母が住む市浦の実家に帰ってきた翌日、隣のおばあちゃんが「オメ帰ってきたら、たいしたあずましいなぁ」と言ってくれました。地域全体が県外出身の妻ともども受け入れてくれて、こんなにあったかい場所はない。地域の人が「働く場」も作りたい。娯楽と実生活、両方が満たされてこそ「暮らしやすい地域」になる。自分が生きているうちに市浦と周辺地域がいい方向に変わった姿を見たい。それまで、何があっても決してあきらめません。

(取材・文;小畑智恵)

※写真は夜汽車BARのものです。レトロな車両にキャンドル、カクテルと、他のどこにもないおしゃれな空気に包まれています。

全国の学生とつながり、支援  地元でのイベント開催で恩返し

藤田健太郎さん(25歳、南部町出身、東京都在住、若者法人Japanese TEAM代表理事 他)

・プロフィール

八戸高校 → 専修大学法学部政治学科(東京) → 在学中に会社立ち上げ+若者法人Japanese TEAMの代表理事 → 大学4年生+IT企業勤務〔いまココ!〕

☆全国の若者と法人を組織 東京五輪、地方から盛り上げる☆

 やりたい、やれそう、コレやらなきゃ‼そう思ったら、すぐ動いてしまう性格(笑)。大学に入って起業スクールに通った時、「単なるアイデアを事業、ビジネスにつなげよう」と考えるようになりました。幸運にも企業の方に学生目線の事業提案をする機会をいただき、2020年の東京オリンピックを視野に入れ、全国の若者とネットワークを作り、地方から東京五輪を盛り上げようという企画が進みました。大学2年の2014年3月に一般社団法人「若者法人Japanese TEAM」設立。五輪は地域が変われるチャンスでもあるので、各地で「開会式」ができるよう支部設立を進めています。

☆地域活性化を頑張る若者  評価と資金援助でサポート☆

 2016年10月のには、「ちいきコン2016(全国地域活性化団体コンテスト)」を東京で開催しました。全国各地で地域活性を頑張る若者の活動発表に対し、講師陣が講評し、グランプリの団体には賞金を贈ります。評価と資金援助。これは、自分たちが活動する上で欲しかった支援です。学生だけでの運営は大変でしたが、各地で頑張っている若者の事例を知り、ネットワークも広がりました。

☆地元特産のフルーツ活かし南部町で「カラフルラン」☆

 上京した時は、都会らしいものに憧れていました。でも4年生の春、インターンシップで南部町のNPO法人 青森なんぶ の達者村にお世話になった時、農家さんとも触れ合い、地元の課題が見えてきました。商店を営む実家も地域の皆さんに支えられているので、「恩返しがしたい」と思い、特産のフルーツを活かしたイベント「カラフルラン」を企画。東京から学生を連れて、地元の方々にも協力いただいて8月に実施しました。

 3キロのコースを走るうち、水鉄砲で色付きの水を掛けられ、食べ放題ゾーンで桃やナシを食べてカラフルになってゴール、という流れ。SNSで情報を拡散したら、20代の女性を中心に県内外から約200人が参加してくれて、地元の方から「継続してほしい」と言っていただきました。翌年も開催しましたが、続けていくための体制づくりが課題です。

☆「えんぶり」は帰って、舞う  将来のため今は吸収する時期☆

 数カ月に一度は帰省し、特に2月のえんぶりにはほぼ必ず帰っています。父が福田「えんぶり組」の囃子方なので、幼い頃から兄と一緒に週4回練習していました。最初は練習が厳しくてあまり好きじゃなかった。でも続けるうち、家々を門付けして「松の舞」を舞った時、みんな喜んでくれる事が楽しくなってきた。小さい子から組頭まで、幅広い年代が鍛え合う組の空気は居心地がいいです。将来は地元に帰りたい。その時に還元できるよう、東京にいる今、できるだけのことを吸収しています。

(取材・文;小畑智恵)

※写真は「カラフルラン」のゴール地点のものです。全身カラフルに染まった参加者はゴール後、泡にまみれて、ますます大盛り上がりです。